奴隷のモチベーションは低いものでございます。
これは当然でございまして、何かに絶えず急かされるようでは、御仁の能力の10分の1も発揮できないことと存じます。
奴隷の特徴は、自分のすべきことが最初から決められていることでございます。
「AとBとCをやれ。」という命令を与えられた奴隷がいます。この奴隷が「D」や「F」をやれば、主人から鞭で打たれることでしょう。
人間の喜びのひとつに、自分の成長を味わうということがございます。
先ほどの奴隷も、AやB、Cができるようになったのは喜びでございましょう。そのため、DやEもやってみたくなるものなのでございます。
年齢を経るたびに味わうのが、組織の壁・人の壁でございましょう。
自分が行えば、もっとよくできるかもしれませんが、あえて、それをしない。他人の領分を侵さないということを、経験的に学んで行くのが年の功というものでございましょう。
奥様のお料理に文句を言わないのも、この理由からかと存じます。
独学は、このような制限や配慮など無用でございます。どんどん、ズカズカ、他の領分を侵すようにやっていけば良いのでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年6月1日 12:55 PM |
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資格のお勉強は毎日やったほうがよいものでございます。
一日一ページでは、何にも効果がないと思われがちでございます。
わたくしの経験から申しますと、一日一ページでは、直接的に役にはたたないのでございます。
端的にいえば、点数は1点にもなりません。
一日一ページの意味は、ちりも積もれば山になる、ことわざなのでございます。
一日一ページは、今日の範囲でなく、将来・未来の時間軸に資するものでございます。
一日一ページが、五ページとなり、だんだんと量・質ともに、いつのまにやら、本試験近くの休日には、10時間勉強につながるのでございます。
一日一ページは、化学変化の呼び水でございます。
最初はちんぷんかんぷんやったけど、いつの間にやらできるようになっていた。
こういう現象を味わったことと存じます。
子供のころなら九九やフライのキャッチ、長じれば愛想笑いなどがあげられましょう。
この「いつのまにやら」の化学変化をものにするには、毎日、続けてするしかないのでございます。
経験上、この化学変化は、いつ起きるかわからないからでございます。
一度、この化学変化の洗礼を受けると、合否は別にして、本試験まで挫折することなくお勉強が続くものでございます。
で、たいがい、安定して本試験までお勉強ができれば、合格するものでございます。
一日一ページ、または、5分という、たとえ短い時間でございましても、毎日反復学習する理由は、相応にあるものでございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年5月24日 6:43 PM |
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自己規律とは、単純に何かを禁止したり制限するだけではございません。
禁酒といって、酒がやめられるならば、禁酒会など存在しないのでございます。
禁チョコといって、100円ショップやお菓子のまるしげの誘惑から避けられるものでもないのでございます。
ぶっちゃけ、言いましょう。
いんえ、言うというよりかは、はっきりさせておきましょう。
お勉強の自己規律ではじまる、生活の一部の制限・禁止にあげられるものは、「今に始まったことではない」ものでございます。
はるか、むかーしから続いてきた習慣なり嗜好でございましょう?というわけでございます。
そんなもの、意識的にやめれるものではないのでございます。
たいがい、大きな病気をしてからでないと、人間、染み付いた風習を断ち切ることなんてできないのでございます。
昔から、茶絶ちといって何か願い事・願掛けの際に、自分の好きなことをやめるといういじましい風習はあるものでございます。
願い事は、願うだけなので、ある意味、実際の作業量はすくなかろうと思います。
対して、資格試験のお勉強などは、願うだけではなく、実際にテキストや問題集をこなしていかないといけないわけでございます。
やっぱし、息抜きも必要になるのでございます。
長年続く、風習や習慣は、わたしにとって必要なことなのだと、はっきりさせたほうが、すんなり量や質を減少させることができるのです。
少なくとも、利益のない劣等感やヘンな自己嫌悪はなくなるものでございましょう。
存在するものは論理的、という魅力的な言葉がございます。
深夜酒・カップラーメン、深酒ポテトチップ、ビア&ビア&ヤキブタ、赤ワイン&午前様ケーキなども、極端にいえば、当人にとって、存在するに足る理由があるのでございましょう。
ですから、「あーーあ。。。」と自分でイヤンになちゃう様なことをしでかしたら、「このことは、わたくしにとって必要なことなのだ」と力強く肯定することが大切なのでございます。
わたくしにとって、夜のプリンケーキは至福の極楽タイムなのでございます。
いわば、部屋にいながらにしてタヒチクラスのリゾートの効用があるのでございます。
言い換えてみれば、多少からだには負担がございましょうが、ココロにとっては澱を洗い流す自己浄化なのでございます。神父いらずの懺悔でございましょう。
何度挑戦してもやめれないものは、やめれません。これからも。
ですから、量や質を変えていくことで、徐々に変化をつけていくことが要求されるのでございます。
変化を生み出すコツは、描写の仕方を変えることです。
「つまり」といって既存のものにまとめるのではなくて、「いわば」、「言い換えてみれば」の接続詞を使い、新規で珍奇なモノゴトと結ぶのがコツでございます。
「つまり」では、面白くございません。
夜ケーキ・深酒ラーメン、つまり、不摂生。
展開が終わってしまいます。それでは、変化は生み出せず、やめるにやめられず、葛藤を生み続けるだけでございます。
夜ケーキ・深酒ラーメン、いわば(言い換えてみれば)、極楽食。
なんか、いいですよねwww
別に食べてもいいんだな、と思えるようになるから不思議でございます。
| カテゴリー: 過去のススメ | | 2006年5月24日 2:08 PM |
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