独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

気はすぐ変わる

えらそうな事をいう人には、ホトホト注意をしなければならないのでございます。
イヤなことがあってもさぞかし、知ったような口調で「なあに今年の厄払いさ」などという人には、警戒の念を解いてはいけないのでございます。
ノラネコなら逆毛のまま、フゥッと威嚇続行中でございます。
こういう言の人は、たいがい自分に起こっていない、対岸の火事だからこそ、いうのでございます。
というもの、どんな人でも自分の気分を操作することなんてできない、と悟ったからでございます。
あるお昼下がりの出来事でございます。
お昼ご飯を食べていて、あら、おかしい、なにか「空」なる違和感を感じたのでございます。
なんだろ、妙だなと思った瞬間、電光の如く気づくのでございます、右の奥歯の詰め物が取れし事を。
あるところにない。当然感じるものがなかったときの焦り。家に帰ったら妻子が居ないというのはこんなもんかなと思った程でございます。
さて、この詰め物、不思議なのは、いつの間にやら当人が、気づかぬうちに外れていたようなのでございます。
馬鹿らしいのですが、詰め物が取れたと気づいた瞬間、ポケットをパンパン叩き、机の上を見渡して、ちゃわんのごはんをかき分けて、お皿のおかず紛れてないかと、銀歯をあちこち探したのでございます。
しかし、ない。おひるの唐揚げとともに飲み込んだとしか考えられないのでございます。
詰め物を食べた、というのは、これまでにない暗黒な気分でした。1日中、気が晴れませんでした。青菜の虫を食べたのとは違う、気の悪さでございます。
昨日いった「厄払い」と言おうが思おうが、納まるものでなし。
つくづく、人というのは身勝手な物言いをするなぁ、我ながらと思ったのでございました。
考え方や物言い次第で、「イヤ」がなくなるわけでなし、悟りを開くわけでもなしと、3度振り返って赤面するわたくしでございます。
こういうことがあって、いやな目に遭ったよ、という友人に話しには、さかわらず素直に耳をかそうと思ったわたくしでございます。
味わったものだけにしかわからぬものがあると、今更の思いでございます。

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之も今年の厄払い

サボリの勧めではないのでございます。
基本的にお勉強は、コツコツが基本戦法でございます。毎日、同じ量なり同じ時間なり、ちょっと負荷をかけた量なりを続けることにより、不動の実力が組み上がっていくのでございます。
しかし、人間ですので好・不調の波が必ずあるのでございます。
若い時分には、不調なんて気にせずに腕力でごり押しできるものなのでございます。
とはいえ、今から考えればごり押し無理強いしたからといって、効果があったのかと思うとそうでもないなぁと思うのでございます。
結果的に、日程なり勉強計画なり日課なりをこなしただけ、消化しただけで、実質的な何かがあったのかというと、あまり記憶にないのでございます。目だって。
ところで、雑用や急用は、立て続けに、何やかんやと沸くものでございます。連続して起きるものでございます。トイレに入ったら電話が鳴って、宅急便が来る、銀行振込み思い出し慌てて出掛けるのでございます。
そのぶん、勉強に回す時間は削られます。時間を取り戻そうと睡眠を削れば、他の面で支障が出てくるものでございます。
どこぞで引っ込めた道理は、どこかしこで必ずひょっこり顔を出し、スッテンコロリン、つまずいてしまうのでございます。
多少予定が立て込み勉強できなくても、致仕方のないものなのでございます。
「ああ、勉強しなくちゃ」と思いつつの雑用は、健康的ではありません。雑用の類、それを生んだ当人を憎むかもしれませんが、呪わば穴ふたつと古人はいいました。
そんなときは、「コレも今年の厄払いじゃ」と神主にお祓いを受けたつもりで、気を大きく持つのでございます。この雑用も、まあ意味があるもんだ、と。
いまは好・不調の、不調にあたる時期で、勉強を一所懸命やったって、それほど効果もないもんさ、と雑用に向かうがよろしかろうと思うのです。
どのみちやるなら気安心にやるほうが、賢明だと存じます。
運のいい人なら、勉強の不調時に雑用の類が集中するものと、勝手に判断しているわたくしでございます。

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パブロフの音

要は、条件反射にしておくのでございます。
フライパンを暖めている間にトーストを焼き、卵を焼く間にお湯を沸かしてスウプの用意をするのでございます。朝ごはんは大半が条件反射で出来上がるものでございます。
習慣というのは、条件に反応することでございます。
あーしたらこーするだけでございます。
お勉強というのはその名のとおり、強いるものでございますから、どうしても習慣になりがたいものでございます。
机前に座って即断に作業にかかるというのは、脂ののる中盤以降でして、序盤はやはりウンタラウンタラするものでございます。
ああ、なんて集中力のないわたくしなのでせう、と嘆く前に何かで条件反射化するのがよいのでございます。
勉強のとっかかりに適切なのは、なんといっても音楽でございます。
勉強のときの音楽を決めておき、気が進まずともかけたらやる、という風に決めておくのでございます。
実は、このススメを書く前は、シチメンドクサイのでございます。夕食の後でしたら、それこそ眠たくて食後睡眠極楽コースにいざなわれてしまうのでございます。
とはいえ、毎日こう続けてられるのは、やはり音楽の力でございます。やろうかなぁ〜程度の気分のときに「マイミュージック」にて適当に選曲して流すのでございます。
音に耳を委ねていると、よっぽど疲れているか、よっぽどご飯をはらいっぱい食べない限り、スムーズに作業に入れるのでございます。音楽が続けられている秘密でありましょう。
とはいえ、なんでも音楽ならよいというわけでもありません。邪魔にならない選曲が大切でございます。
気分が入り込んでしまうバラードやロックなどは避けるべきでございます。一番いけないのは落語、毎度古いお噺を聞いてもらいます、と米朝師匠に来られたらテキストなど読んでおられません。
穏当なのはクラッシックで、一番邪魔にならないのはモーツァルトでございましょう。邪魔にならないし気が散らない、しかしときに耳を澄ますと気分転換になるという、まったき室内曲が多いのでございます。
1万そこそこあれば携帯プレイヤーが手に入る時代。
無理矢理イヤイヤ、気合を入れて勉強を始めるより、曲に身を任せて入っていくのも優雅なスタイルだと思うのでございます。

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