独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

前提をみる

お勉強は、基本的に、なにかを犠牲にしない限り、進めることはできないのでございます。
犠牲といっても、そんなに血なまぐさいものではなくて、自分の生活の何かを変えなければならないわけでございます。
お酒が好きな人は、晩酌を減らさないと、内容のあるお勉強はできません。
寝る前の一杯が好きな人も、晩酌同様に、減らすか、ベストな選択である『節』酒をしなければなりません。
夜酒をしてしまうと、せっかくの夜のお勉強の中身が、吹っ飛ぶものでございます。
お勉強時間とは、あるものでなく、創りあげるものでございます。
テレビを見るのが好きな人は、テレビを見る時間をお勉強時間に振りかえする必要がございます。
しかし、なかなか、コレまでやってきたことを急に変えることはできないのでございます。
慣性の法則と申しましょうか、長年やってきたことは、意味もなく続けてしまうものでございます。
リバウンドの法則と申しましょうか、長年やってきたことを、急にやめてしまうと、あとでドカンとやめていた行為に浸ってしまうものでございます。
このようなことを味わったことがある人は、まず、第一に、自分の前提を見ていないのでございます。
テレビ好きな人は、テレビが好きになる何かがあるのでございます。
たとえば、会社の仲間同士で話すこと・話題になることがテレビドラマでしたら、どうしても見てしまう、見たくなるものでございます。
朱に交われば、赤になるものでございますよ。
そこんとこの、自分の行動の前提の把握こそ、変化を生むためのコツでございます。
三日坊主で終わる人は、自分の前提への配慮がまったく抜け落ちているものでございます。

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適飲適食

おなかいっぱい食べると、幸せな気分に浸るものでございます。それは、簡単にいえば、食べ物の消化にからだ中の血液が内臓に集まっているからでございましょう。
お勉強は脳みそのスポーツでございます。
食後、ボンヤリしてしまうのは、先ほど申しましたように、消化にカラダの血液が使われているからでございます。
このボンヤリは、気合や精神力でどうにかなるものではございません。
おしっこを気合で止めようとする人がいませんように、カラダの生理には身を任すしかないのでございます。
お昼を食べたあとの、強烈な睡魔もコレと同様の生理現象でございます。
みなさまの多くの方が、夕食後にお勉強に取りかかるかと存じます。
夜のお勉強のときに、なんだか、ぼんやりとして、お勉強が手に就かないなぁと思うことが多々あるようでしたら、是非とも当日の夕餉に思いを馳せてくださいませ。
タップリ食べていないか?お肉をとりすぎていないか?脂っこいものをたくさん取っていないか?
などなどでございます。
基本的に、お肉やフライは消化に時間がかかるので、そのブン、胃や腸に血が流れてしまい、相対的にアタマにまわす血液が少なくなるのでございます。
思い当たる節があるようでしたら、是非、夕餉の量・お献立を見直すことをお薦めするものでございます。
簡単にいえば、腹8部でございまして、もっと高度ですと、腹6分ほどに押さえ、お夜食に2分取るというわけでございます。
いちどにタップリ食べると、カラダ全体で消化しようとするのが、人の性でございます。
ですから、1回の食事の量を相対的に少なくします。
そして、食事の回数を増やすが、脳みそへまわす血液を減らさないコツでございます。

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必然的

必然的とは難しい言葉でございます。
字引を引くと、「自然現象が法則性・因果性に則って、そうなるように決まっていること」とございました。
なんて、簡潔でわかりやすいやすい説明なのでせうか?
ステキなオネエサマと黒服のアンちゃんのいる清潔感漂うお店なみの、明朗会計でございますネ。
ま、お勉強には、ある必然性が存在するのでございます。
お勉強していくと、どんどん知識が付いて行きます。
知は力でございます。。。
断片的な「知」は、しょせんは、ハナ紙ていどしか役に立ちませんが、
段々と蓄積されて、「知識」という大きな集合体となると、それは、もうそれ自体でエネルギーを持った物体となっていくのでございます。
まさに、知は力なり、でございます。
この「知識のエネルギー」は、電気やガスのお馴染みのエネルギーと同様に、上手に使わないと、使用者にケガさせます。
使用上の注意が必要なのでございます。
知識のエネルギーの生成過程は、「失敗や誤り」で構成されているのでございます。
一番よく学べ、勉強になったなぁと思うときは、やはり「失敗や誤り」と存じます。
知識のエネルギーは、「失敗や誤り」と切っても切れない関係なのでございます。
そして、「失敗や誤り」を犯したとき、人は必然的に、これらを正当化しようとするのでございます。
失敗や誤りを、合理化する過程で、知識のエネルギーは生み出されていくのでございます。
しかし、必然的に、エネルギーを生み出すと、あとにはカスが残ります。
お勉強で知識のエネルギーを生み出したときに生まれるカスは、「皮肉」と「シニカル」な態度です。
これらが生まれると、困ったものになります。

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