独学でススメ-読むだけで独学合格できるかもしれない、適当なヒントとTips

あ!こーしたら

どんな難しく見えることでも、解決は可能でございます。
解決する手段や方法は確かにあるのでございます。しかし、わたくしたちは、それらが見えていないために苦労するわけでございます。
昔、遭遇した難しい問題や課題を思い起こしてくださればと存じます。
当時は、頭から脂汗が流れんばかりに考えたことでも、今の自分ならもっとうまくやったろうなあと思えるものでございます。
では当時と今とで大きな変化が生じているのかといいますと、そうでもありません。
往時と今では、ほとんど変わっていないかと思います。
しかし、なぜだか、できる感がするのでございます。
基本的に、わかる/わからない、できる/できないといいますのは、紙一重でございます。
わからない・できない問題の真っ只中にあるときは、この問題いつ解決するのか、本当に解決するのか困り果てるものですが、意外にそうではありません。
単にそのときにできないだけで、後から振りかえれば、なんであんなことでうんうん唸っていたのだろうと不思議に思うことは多々あるものでございます。
わかる/わからない、できる/できない関係は、あっけなく壁が崩れるのでございます。
これまでの障害や難題のことを思い出すにつけて、実感できるのではないでしょうか。(単に、あーして、こーしていけばいいだけじゃん)と思うものでございます。
たとえば、車の車庫いれ、キーボードでの文字入力でございます。当時はあんなに苦労したのにいまや、アンパンをかじりながらでもできてしまうことでしょう。
お勉強に忍耐力が求められるのは、単に机の前に座り続けることや長い難解な文章の載ったテキストを読むためとか問題集の問題と戦うためと考えられがちですが、もうひとつ重要な意味があって、すっ〜と理解が及ぶまで待ち続けられるかどうかに関わっているからでございます。
それがどんなに難しく見えようとも、お勉強多くの問題や課題、障害はまず解決可能であることを意識してくださればと存じます。
ちょっとしたことで、多くのことは、すっ〜と理解が及んだりできたりするのがお勉強の事実でございます。
ですから、問題の解決には、ちょっとしたことを多数やってみるのが近道であるかと存じます。
こーしてみよう、あーしてみよう、こう考えてみよう、ああ考えてみよう、この切り口から、この角度から見てみよう云々。
なんと何がわからないのか検索してみよう云々。違う風には考えられないのか云々。やる必要はあるのか、他のところで取り戻せないところか云々。
問題点を限定して考えてみよう云々。小分けしてみよう云々。距離や時間を取っているか云々。
試行錯誤を繰り返して行くうちに、必ず1〜3日中にぱっ!と閃くものでございます。
「あ!こーしたら!」と。
そして、この閃いたことをもとに、また、あれこれ問題や課題と格闘するわけでございます。
わたくしの経験からいいますと、「あ!こーしたら(いいんでないかい)」という発見が3回出ますと、多くは解決に向かうかと存じます。
多くても5回、「あ!こーしたら」がありますと、すぅと理解に及んだり、問題の解決の糸口、ゴールまでの筋道が見えてくるように思います。
お勉強には、試行錯誤とひらめきを待つための忍耐力が必要でございます。これらふたつは、特別な能力の持ち主にしか持ち得ないものではありません。
再度申し上げますが、多くの問題、大半の障害は解決可能でございます。単にわたくしたちが、解決の方法や手段が見えていないだけなのでございます。

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細切れの時間

お勉強といいますのは、ずうっと机の前にいれば捗るものではありません。
特に、何かを記憶したり暗記しなければならないとき、それは顕著でございます。
お勉強というのは、切れ切れになった時間を有効に利用することで、机の前に座る勉強以上に、効率的になって行くのでございます。
ですから、お勉強の時間を取れない人でも、通勤・通学といった移動時間や待ち時間、手持ち無沙汰の時間、お湯の沸く時間、何かを煮る時間などなどの切れ切れとなった時間をお勉強に充てることができれば、時間の不足をカバーできるわけでございます。
切れ切れになった時間のことを、細切れ(コマ切れ)時間と申します。
お料理におきましては、豚コマや牛コマといったコマ肉の使い方を憶えれば、一気にレパートリーが増し、味もよろしくなります。大根を炊いただけだと一味足りませんが、コマ肉を少し入れればぐっと味が引き立つものでございます。カレーにおきましても、味の基本ベースはコマ肉で仕立てて、高い肉はさっと炒めて後でカレーの上に載せると、煮込んだ肉の味とローストした肉の味を味わえますので、肉の風味を低価格で存分に楽しめるわけでございます。スーパーの中食やコンビニ惣菜に飽きたら、コマ肉を買ってきて塩コショウをするだけでも良いつまみになりますし、水にコマ肉キャベツタマネギにんにくしょうがを入れて塩コショウしょう油をすれば、それだけでいい汁物になります。コマ肉を塩コショウしてオイスターソースかXO醤で味付けしたものをレタスで頂くとこれほどラクな料理もありません。コマ肉は脂肪が多いので、注す油要らずであり、実に家計に優しい食材なのでございます。
コマ肉をうまく使えればお料理上手となるように、お勉強におきましても、細切れ時間を有効利用できるようになれば、お勉強上手といわれるわけでございます。
さて、では、どうすれば細切れ時間を有効利用できるようになるかというと、あらかじめ勉強のこまごまとしたことをメモしておいて、細切れ時間中にそれを覗くというのが最も手軽であるかと思います。
メモの内容には、憶えたいことや暗記しておきたいこと、理解したいことをまとめることになりましょう。
しかし、このお勉強メモを作りには、2つの注意点がございます。
それは、メモ作りに一生懸命にならないこと、そして、メモに詰め込みすぎないことでございます。
メモ作りの過程は、ある程度の理解や記憶の足しになりますが、一生懸命になってメモを作ったから実力がアップするわけではありません。お勉強の意味を履き違えないようにしてほしく存じます。
そして、2点目の注意点ですが、あれもこれもメモに書き過ぎないことでございます。
5つ以上はたくさんだといいますように、どんな作業でも、5つを超えると途端に難しくなってきます。
細切れ時間にメモを取り出したのはいいが、メモの内容を把握するのに骨が折れていれば、元も子もございません。
うーんと頭を捻っているうちに、細切れ時間は吹き飛んでしまいましょう。
お勉強のメモに書くことは、絞りに絞り、たくさん書かず、簡潔且つ簡便に記しておくことが肝要でございます。
具体的には、メモに書く内容は5つを超えないようにします。最大でも7つまでで、それを超えるようであれば、複数枚にするか分割して行かねばならないのでございます。
細切れ時間を使えない人、遣うのが苦手な人は、得てしてその時間に適したことをやっていない感が致します。
電車移動の15分でもテキストを読むのは結構ですが、頭に入って入るのでしょうか。
テキストの中の長ったらしい文章はやはり、机の前で黙々念々を読んだ方が効率的でありましょう。
待ち時間の合間に問題を解くのはいいのですが、きっちり解けているでしょうか。
過去3回は説いたことのある問題なら細切れ時間の演習でも大丈夫でしょうが、そうでない場合は、きちんと解けていることになっているのでしょうか。選択肢のひとつひとつ、解説の個々をしっかりものにできているのでしょうか。
細切れの「時間」に適したことをするのが、時間の真の有効利用であるかと存じます。

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なあんだ

お勉強をしていますと、結構な数のトラブルに巻き込まれるものでありますが、今回はその中でも、影響力の大きい失態についてお話したく存じます。
お勉強は実力を身に付けるものですから、やればやるほど、できることは増えていきます。
「できる」をどんどんと積み重ねて、本試験という頂に臨むわけでございます。
お勉強をすればするほど、できることやできそうに思うことが増えて行くわけでございます。
(○○は完全にできるだろうけど、××あたりで小難しく問われるとできないかもね)というような、感想を独りごちるようになりましたら、実力がみしみしと付いてきた証、でございます。
そのほかにも、できなかった・わからなかったけれども、何回の見直しと確認作業、復習によって対策済みになったところもありましょう。
Aができたのであるから、Bもできるだろうと強く推量できるところもありましょう。
「できた・できる」の数で、合否は変わってくるのでございます。
しかし、お勉強をしていますと、ときにそういった「できたカテゴリ」にあったもが、突然、全くできなくなっていたり、皆目わからなくなっていたりするときがあるのでございます。
人間といいますのは、忘却の生き物でありますから、忘れてしまうことは致し方がありません。
しかし、忘れたとはいえ、一旦はできていたり憶えていたりしていたことですから、手を少し加えれば、相当な確率で元に戻るのでございます。昔取った杵柄と申します。
大概のことは再びできるようになるのでございます。
しかしながら、ここからが本題なのでありますが、本当に、何がなんやら全く理解ができなくなっているときときがあるのでございます。
こうした事態に陥りますと、(あれれ、おかしいな。)(できて当然なんだけどな。)(なんでできないの??)といったこのような、あれれ感で一杯になるものでございます。
「自分では自明にできると思っていることができなくなっていると、人は焦ってしまう」−皆様には、このことを意識の片隅にでも置いていてくださればと存じます。
焦るからでしょうか、解決にこれまた、素っ頓狂なことをしだすのでございます。
細部細部を穿ってみたり、どうでもいい箇所や語句に固執して丹念に調べてみたりするのでございます。
おもしろいのは、かつて自分ができていたときには、全くしなかった種の作業を行いがちになる点でございます。
昔読んだときには全くそんな作業をせずに理解したのに、できなくなった今ではかつて全くとっていなかったアプローチで理解しようとするのでございます。
こうした作業は、ほとんど役に立たず、解決には貢献せずに終わるのが常でございます。
徒労に徒労を重ね、無為な時間を費やし、身体の疲労の上に焦りの精神的な疲労が積もり積もるのでございます。
もし皆様方が、こうした事態に陥りそうになったとき、陥ったときには、まず、落ち着いて平成の自分になった心構えを執ることが肝要でございます。
無闇矢鱈に右往左往してはなりません。無駄で徒労で無為だからです。
そして、できなくなった箇所をもう一度、そして、その前後5行のみをしっかり目を通してくださればと存じます。
できていたのにできなくなったときは、できなくなった箇所のごく周辺に、問題を解決するポイントがございます。
できなくなったところの5行周辺を丹念に、読み飛ばすことなく当たっていけば、問題の8割は解決に向かうかと思われます。
ある問題がわからなくなっているときは、まあ、問題文や解答の前提を全く無視していたり、読み落としているものでございます。
そして、問題の単純な見落としや読み違いを発見して、(なあんだ)と、安心と後悔が混じり合った溜息をして、ぐったりするわけでございます。
できていたことやできるようになっていたことは、よっぽどのこと(記憶障害)に遭遇でもしていない限り、また穏当にできるようになります。
この単純な事実を元に、焦らず対応してくださればと存じます。
大いに労力と時間とを、セーブできるかと思います。

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