文部科学省は、子どもの放射線許容限度量を年20ミリシーベルトまでを認めるようでございます。
原子力安全委員会が、半分の10ミリシーベルトでどうかという意見を出したものも、なぜか文部科学省は却下し、20ミリ路線で行くようでございます。
基本、法律で決められているのは、「年1ミリ」まででございます。しかも、この1ミリは、成人についての数値でございます。
いかに常軌を逸しているか、お分かりいただけるかと存じます。
参考PDF:「資料7-2 放射能を正しく理解するために」
上記PDFのなかで、文部科学省は「普通に生活して支障はない」とだけ述べ、「健康」については述べていないところが、ポイントです。
文部科学省は、日々の生活について述べています。のん気なものです。彼らの理屈でいえば、雨や雪や雹は、生活に差しさわりがある分、放射性物質より支障があるのでしょう。
さすが、遠い明治の時代から、最も無能の官僚が集まる文部科学省でございます。
(有能な学生は、戦前は軍に、戦後は大蔵省に行く。昔から文部省に集まるのは、キャリアでもボンクラ)
この決定は、21世紀中最大の悪政として、歴史に刻まれるでしょう。
世界の歴史は、福島の原発事故よりも、この公開児童虐待について、たくさんの記録を残すことでしょう。
今からでも遅くはないので、少なくとも、福島原発が収束して放射性物質の拡散がなくなるまでは、従来の「1ミリ」基準で、学校教育を進めるべきかと思います。
いっそのこと、学級閉鎖ならぬ学校閉鎖をするか、他県に疎開させるべきでしょう。
被曝限度を20ミリまで認めるというのは、そこまで被曝しなくても、子どもにとってかなり多くの被曝を許してしまう余地があるから、いけないのです。
「年20ミリ限度(3.8マイクロシーベルト/h)の決定」は、おそらくですが、4年後・7年後・10年後・20年後になって、世界レベルで大きな影響を与えるように、わたしは思います。
マスコミの報道が少なく、専門家の批評もなく、与党野党ともに政治家が何もいわない、というこの頬かむり状態こそ、いかにこの「20ミリ」が、危険なのかを説明しているように思います。
特にマスコミは、下手に何かを書けば、それが後々の裁判の資料に使われる可能性があるからでしょう。そっけない、プレスリリースのみであります。
単なる、わたしの考えすぎであることを祈ります。
今回、あらためて、わたくしが問題提起したいのは、子どもで20ミリを限度として認めるなら、大人なら倍の40ミリに被曝限度が引き上げられるだろうと考えるからでございます。
無能の文部科学省が、こうした横柄すぎることを強行する理由は、もっと他のことにあると思うのでございます。無能は強行すらできないから。
要するに、つまり、どこぞの原発で事故があったときは、今後、「年40ミリ(子ども20ミリ)」を基準としたいがためではないかと、わたしは訝っているのでございます。
つまり、今後、原発事故の事故が起き、放射性物質の流出が起きた際は、「大人は年40ミリ」の被曝までは、非常事態の際は許されることとして処理される、というわけでございます。
わたしの想像ですが、累算放射線量が年40ミリまでなら、迷惑料程度の一時金程度の支払いに、「年40ミリ」を超えたら、財産への補填等の賠償扱いにする、といった風になるかもしれないわけです。
今後、福島原発以外の原発から、多少、放射性物質が漏れ出しても、「年40ミリ(子ども20ミリ)」を賠償基準にする、となる可能性は大でございます。
危険だと思って自主避難しても、法と国家が行なう避難ではありませんから、避難中の補填も保証もありません。仕事を単に個人的な理由で休んだだけ、となることでしょう。
他県の公営住宅に非難しても、被災証明が出されないので、住めなくなるケースも出て来るでしょう。被災証明をもらおうとしても、「え?20ミリまでなら出せないです」と、住んでいた県の窓口は言うでしょう。「年40ミリ」以内なので、所得税等の軽減措置も受けられなくなるでしょう。
以上はわたしの想像ですが、こうはならないことを切に祈ります。
2011年4月26日 10:55 AM
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