「何かいいことでもあったの?」と考えれば、あくせくして時間に追い立てられるような、何とも言えない急いた気持ちが、すっと治まる.
ええかげんなやつじゃけん♪ ほっといてくれんさい
あんたといっしょに 泣きとうはありません♪
どこへいくんネ♪ 何かエエことあったんネ?
吉田拓郎の「唇をかみしめて」の歌詞からの一部抜粋です。
「何かいいことあったんネ?」のところは、実にいいナアと思います。
というのも、この歌詞1つで、すうっと落ち着くというか、浮ついた気分が治まるからです。
逆を言うと、意味もなく急いていた自分を、無闇矢鱈に焦っていた自分を、発見するのでございます。
考えてもみよ、と。
こんなに急いで、「○○」をやって、何かいいことがあるのか?と考えるのでございます。
たとえば、急いでご飯をかっ込むのはいいけど、もちろん、食後にとても美味なデザートがあるから、そうしているんだよね、と相なるわけでございます。
いい事があるのなら、急ぐのが道理でありましょう。目の前のことをさっさと済ませて、そのよき事を享受すべきでしょう。
たとえば、子どもが生まれたとか、初デートであるとか、久しぶりの夫婦水入らずであるとか、取っておきの日本酒やパン、ハム、ソーセージ、ベーコンが手に入ったというような、『いい事』があるのなら、せかせかするのが道理。
こんないい事が待ってるのに、だらだら、トロトロ、グダグダする方がおかしい、というわけであります。
じゃあ、ひるがえって、今、目の前の後には、そういういい事があるのか?、と考える機会を、当該歌詞「何かいいことあったんネ?」は、思い起こさせるのでございます。
急いたときに、「何かいいことあったの?」と考えてみれば、「うーん、特に、これといってないね」と気づく事が大半でありましょう。
わたし個人のことを言うと、ホント、急いでやったところで、焦ってやったところで、その後で「いい事」が待っていることなんて、ほとんどないという次第でございます。
自分にとって「いい事」がないときは、それは、他の誰かにとって「いい事」であることが多いわけで、ということは、何かに上手に操作されてるんでないかな、と考えるきっかけにもなりましょう。
実体のなきものに、わけもなく急かされるなんて、人生を損しているように思います。
大概のことは、「自分」とは関係のないこと。
「何かいいことあったの?」と考えれば、あくせくして、時間に追い立てられるような何とも言えない急いた気持ちが、すっと、ホント物の30秒で、治まるように思います。
2012年3月8日 5:43 PM
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