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見よう
本当に、考え方ひとつで人間は大きく変わるものでございます。 見方を少し変えるだけで、これまでは顔を見るのもイヤだった人が観音様のように見えたり、素敵な人と思っていた人が反面教師に見えるものなのでございます。 他人の幸福な境遇が一変し、我が身のありがたさを実感できるものでございます。 何事も一長一短、表あれば裏もあり、プラスがあればマイナスもあるものでございます。 ズボラできったねえ旦那になっても、それは他の女を寄せ付けない防虫剤だと考えれば、女性問題でやきもきしない分、よかったと思えるのでございます。 女房の口が悪くなっても、自分だけには本当の我をさらけ出してくれているのだ、嬉しいことではないかと考えないといけないのでございます。 逆に、鬼が急にやさしくなったり過度のいたわりを見せるようになれば、何か裏で進行中でございます。口が悪くなったのは、見方を変えれば、裏に何もないということでございます。 能力や才能がないといって嘆くのも、裏から見れば、まだほかに自分の才能が眠っているともいえますし、嫉妬を買わない分、長生きするものでございます。 難しい仕事は、有能な人に、それも膨大な数が回ってくるものでございます。できる範囲のことしか、天は与えないものでございます。 重畳なことでございます。 このように、考え方や見方の切り替えは、人生をうまく運ぶコツなのでございます。 しかし、それらを変わるために必要になるのは、自分でよく見る姿勢でございます。 考えるのではないのでございます。頭ではなく、目で見る意識が大切なのでございます。 考えというのは、引っ付きやすいのでございます。アイツはダメだと思うと、ダメなことばかり頭は考え出すのでございます。 下手な考え、休むに似たりと申しますが、下手に考えても結論は変わりません。 それどころか、余計に火に油を注ぎかねないことになるのでございます。イヤな人のことを考えれば、余計に憎悪は掻き立てられるものでございます。 ですから、考えるより見る姿勢が大切なのでございます。 そして、見る姿勢というのは、もとのもとである意識を、見る事に集中しなければいけないのでございます。 スグにすべてのことに、結論を引き出さなければならないわけではありません。 いまは、見るだけで十分という段階や事態もあるのでございます。 見ることや眺めることも、お勉強のひとつの技でございます。 休日続きでお勉強に身が入らないときは、入れなくてもよい機会なのかもしれません。 ざっと見たり眺めたりのお勉強があることを、アタマの片隅にでもいれて置いていただきたく存じます。 何か発見があれば儲け、くらいで見ていけばよいかと存じます。 そして、見なければ新しい発見もないのでございます。 よく見るのも
お勉強
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