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峠論
物事には、峠があるものでございます。 実にメンドクサク骨が折れる作業でも、ある1点を超えれば、楽になるものでございます。 世間では、峠を越えたと申します。 峠というくらいでありますから、そこに到るまでは上り坂でございます。息も切れるし、荷物は肩に食い込むことでありましょう。 しかし、峠まで到達できれば、後は平坦な道か下り坂が続くことになります。一息つけるし楽になるものでございます。 人気のある登山道やハイキングコースというのは、上手に勾配差を調節しているものでございます。 ある所までは急角度な登山道にし、ある点からなだらかなにしておくといった塩梅でございます。 緩急があるからこそ、高い山でも登っていけるのでございます。 お勉強にも、峠はございます。 お勉強で大切なことは、峠を越えるまではがんばるということでございます。 峠さえ越えてしまえば、お勉強は最初の方に較べ、3倍以上は負担が軽くなるものでございます。 そして峠を越えれば、お勉強もようやく楽しくなり、今まで以上に身が入るものなのでございます。 アリストテレスが聞けば、目の玉をひん剥くかもしれませんが、真実はこうでございます。 「お勉強を楽しくするには、お勉強をするしかない」のでございます。 お勉強をして峠を越えた暁に、楽しさがわかるのでございます。 黒澤明著「夢は天才である」で、監督はこう述べております。 「どんなつまらない仕事(映画の裏方さんの仕事)でも、やっていくうちに絶対に楽しくなるものなんだ。アーダコーダ言う前に、目の前のことを一生懸命やることだ」と。 お勉強を楽しくするのは、やる気の理屈と同じなのでございます。 やる気も、やることから生まれます。 やる気を出すのと同様に、お勉強も楽しくするには、目の前のテキストと問題集を開きエンピツ手にしてやっていくしかないのでございます。 そして一生懸命やっていくうちに、峠をも超え、楽しくなるという塩梅なのでございます。 釈迦の説法からキリストの説教、よい本のよい言葉が1万個あろうとも、お勉強を楽しくするのは、わたくしたち自身がやるかやらないかにかかってくるのでございます。 峠を越えるまでは、一生懸命やることでございます。 希望が生まれるまで
やるのでございます。
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