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少しは論理的に
論理的、であることが苦手な方がございます。 そうはいっても、嘆くことは少しで結構でございます。 人間、論理で割り切ることはデキマセヌ。 毎日、鏡を見れば言わんとすることがわかるかと存じます。 毎日、お風呂に入るときに気づくかと存じます。 まあ、情緒的な方が人間味も出るし、周りは円滑になるものでございます。卑下することはそうそう、ないのでございます。 理屈一本の人間は、何か病的な面があるものでございます。何事も程がよい、と申します。 しかし、まったく論理性がなくてもよい、かというとそうでもないわけでありまして、山椒のように、多少はないと人生、うまく行かないのも必定でございます。 たとえば、多少の論理思考なのでございます。 1年に100万円預ければ、4ヵ月ごとに9万円が配当として支払われます。年あたり36万円、36%でまわせるという「お話」があったとしましょう。 よくよく考えてほしく思います。こういうことでございます。投資の話であるからウマイと思ってしまうのでございます。 金を貸すのと同じ理屈なのでございます。 サラ金から年利36%でカネを駆りまくっている親戚なり知人にですよ、あなたにも同様に年36万円の利子を払うから貸してくれ、といわれたとき、あなたはどうなのですか、ということです。 その親戚・知人、金を駆りまくっては高級外車、時計、身なり、飲みに金をつぎ込んでいたとしたら、あなたならどうするのでしょうか、というわけでございます。 おそらくは断ることでありましょう。 お金の動く名目が違うだけでございます。 「投資」か「出資」か「借金」かで、違うだけでございます。実質的なカネの動きを見てほしく存じます。 金を貸してくれ、といわれたら貸さないのに、投資で年利36%といわれると財布のひもが緩むのでございます。 不思議な話でございます。 理屈はいくらでも生み出せます。事実は、ひとつでございます。 多くをアレコレ考えるより、ひとつの事実、動かしえないものから考えるほうが、より論理的かと存じます。 事実は
なくせないのでございます。
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