何かわたしにできること

気働きという言葉がございます。言われる前にやる姿勢でございます。

「コレヤットケよ」と言われれば、クククククとハンカチを噛みしめて、あとは耐えて忍ぶしかないものでございます。

命令口調で言われるのは、カチンとくるものでございます。(お前がやれよ!)と思いつつも、黙るしかないものでございます。

言われてからやるというのはやる、あまり気分のよいものではありません。

そして、双方にとって損でございます。

言った方はやって当然という気でおります。言われた方はご褒美が合って当然、この程度でいいだろうという気でおります。

不協和音は、こうして生じ始めるのでございます。ギクシャクが本格化する前に気を利かせ、手を打っておくのでございます。

人間、単純なものですから、「やってるじゃん」という発見があると、倍、嬉しくなるものでございます。

そして、物、心ともに、いろいろな形で帰ってくるのでございます。

旦那が労わってくれない、女房が尽くしてくれない、というのは、「不協和音」をお互いに奏で合っていることが多いのでございます。そしてますます関係は悪化するのでございます。

弁当のおかずは少なくなり、そしてまた、週1が月1になるのでございます。

さて、此処からが重要なのでございますが、人間は、えてして鈍感であるというわけでございます。

「こんなにやったのに!!!」と本人は思っていても、十分でないときがあるのでございます。

「こんなに尽くしたのに!!!」と思っても、尽くされた本人は十分でないか、そして多くの場合、気づいてもいないのでございます。

ときどき、プレゼント攻勢をかけたのになびかなず、特殊な御商売の女性に言い寄る男性がございますが、よい例でございます。

水商売相手ならなーんてことはなし、店を出す権利金くらいは出してナンボとそろばんを弾いておりましょう。

靴?カバン?時計?・・・車・・・マンション・・・店でしょ!とこのくらいの性根であるのでございます。恐ろしいものでございます。

自分なりに「やったんだ!」とはいえ、ちょっと雀にでもなったつもりで上空から見直せば、ぜんぜん足りていないわけでございます。

何事も、自分なりではよくないのでございます。

自分の出来ること、もう少しできることを探してやっていかねばならないのでございます。

天は自ら助く者を助くと申します。

情けは

本当に自分のため

 

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