極端に単純に

考えようと思ったら、いくらでも考えれるのでございます。

考え出すものでございます。

ですから、会議では始まりの時間と終わりの時間があらかじめ設定されているのでございます。

ですから、多数決という方式で決めてしまうのでございます。

わたくしたちは、いくらでも考えいってしまう生き物であると、すべからく認識するべきでございます。

ときに、お勉強をしておりますと、やることが多くて何処から手をつけたらよいのか、わからなくなってくるものでございます。

これも考えすぎの極地の姿でございまして、こうなるとどんどんお勉強に嫌気が差し、避けていくようになるのでございます。

あまりに多くを考えてしまいアタマが焦げ付くのでございます。

1回でも思考が焼き付いた人は、極限まで単純に考えていく事をお進め致します。

逆にするのでございます。

複雑に難しく考えていくのでなく、思考が次の思考を呼ぶように考えるのではなく、単純に単純に、どんどん考えが行かないように思考を追っていくのでございます。

「究極的にいえば」

これ、わたくしの好きなフレーズでございます。

たとえば、試験科目が5つある試験でございましたら、「究極的に5つやればいいのでしょ」と言い切ってしまうのでございます。

たかだか5つしかないことをグダグダ考えても仕方ないべ、と心持軽くなるものでございます。

アレもやろう、コレもやらねば、と実力がつくにつれてやることが増えていくもの、そしてそれに気づくものでございます。

そういうときだからこそ、単純化でございます。

少しでも進めば、それだけ軽くなるものでございます。

重く深刻に考えても

名案浮かぶ保証なし

 

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