しおり

さあやるぞ、という意気込みは買うのでございます。

その前にやることが有るのでございます。

それは「しおり」でもはさんどけ、ということでございます。

ゴールを設定せずに走り出すな、ということでございます。

「今日はここまで」を意味するしおり・紙切れを、勉強前に指しあたりはさんでおくのでございます。

テキストや問題集の今日分のノルマページにはさんでからのお勉強でございます。

人間、哀しいもので目に見えるものしか実感が湧かないのでございます。

忠犬のハチ公は、目前で主人の死の目にあえなぬからこそ、いつまでも尾をフリフリ駅の前で待ち続けたのでございます。

畜生の愚かさ、と笑えるでしょうか?

わたくしたちも、目に見えるものしか確かな実感を持ちえないのでございます。

上司がいなければ仕事に身が入らぬものでございます。えらそうにいう上司の上司も同様でございます。専務いなけりゃ仕事せず、社長いなけりゃ仕事せず、カカアいなけりゃ仕事せずでございます。

マラソンで、テープも張られておらず線も引かれていないゴールにランナーがのろのろと走ってきて、どう感動せよというのでしょう。

とりあえずアレだ約40キロくらい走るっぽいのがマラソン、だとしたら、見るほう走るほうみんなダレダレするものでございましょう。

まだまだ他にもございます。

愛しているといって何もあげずば、彼女は去るものでございます。贈り物をくれる人が素敵なのは古往今来、変わらない真理でございます。目に見えるものしか、愛は示せないのでございます。哀れ愛。

さて、ベンキョ噺。

まずはテキスト・問題集に、今日はここまでのしおりを挟むことでございます。

テキストを読むたびに、問題集の一問が終わるたびに、しおりに近づく事と相成ります。

読むたび解くたび、勝利と終了のファンファーレの近づきを実感できることでしょう。

終わりがあるからこそ、集中してテキパキ取り組めるのです。段取りの悪いアレな上司は、ゴールを設定しないから士気がガタ落ち、指揮の能力を疑われて陰口を叩かれるのでございます。

まずは目標となりうる終わりの目印からでございます。

今はキレイな花柄のしおりも、100円ショップで売られし時代でございます。

ちなみにわたくしは、「山田養蜂場」の蓮華とミツバチの絵柄で、ムラサキと黄色が配色されたしおりを愛用しているものでございます。

終わりがあるから

始まるのです。

 

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