勝ち負けは気にしない

勝ちや負けというのは、考えなくてもよいことでございます。

単純にいえば、勝ち負けを気にしだすと疲れるからでございます。

余計に疲れるからでございます。

疲労は、ないほうがよいに決まっています。

わたくしたちは、配慮の名のもと無駄なことに気をかけて、意図的に自分から疲れんとしているのです。

他人からすればなんともないことを気にするのでございます。鼻毛とかすね毛とか。本人だけがいたって気にしんぼうなのでございます。

今となって振りかえれば、気にしたことの8割は実現もせず、鳥越し苦労なのでございます。鼻毛で笑われなかっただろうか?

本当に、極々ごくごく稀でしかなかったように思います、気にしたことが命中または実現しドえらい目に遭うことなどは。

またドえらいことが起こっても、保証人や手形の裏書さえしなければ、1年後には枕を高くして寝ているものなのでございます。

試験の勝ち負け、つまり合格・不合格などは、勉強期間中は考えなくともよいものでございます。それも一切。

試験とは、結局、試験に有利な条件を満たしたものから合格するからでございます。

合格・不合格を考えたり勝ち負けを気にするというのは、試験の勝利条件には入っていないのでございます。

過去問を定番回数繰り返すとか、テキストの巻末インデックスを潰すとか、間違った問題だけをやり直すとか、苦手とスグに思い立つテキストの章を読み込んでみるとか、そういうものが試験に合格するための条件なのでございます。

勝ち負け・合否を気にするというのは、一石二鳥ならぬ一石二糞でございまして、心身は疲れるは合格からは遠のくは、ろくなことではないのでございます。

ゴリラに石をぶつけたらクソぶっかけられた様なものでございます。

合否を気にするというのは、駅のホームの鳥の糞を勘定するくらい無駄な行為と思し召せ。

鳥の糞など気にする前に、やることはたくさんあるはずでございます。

あーあ、馬鹿馬鹿しいを

先に立たせるが花でございます。

 

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