微妙ならやってみる

「意味を求めてはいけません。」

こんな風にいわれると、なんだかカルトな宗教集団のようでございます。

しかし、愚者は雷同し、賢者はコレを選ぶという警句もございますので、もうちっとこのコトバから栄養を吸収しようというのが、今日のススメでございます。

簡単に結論から申しますと、「最初から意味を求めるな」ということでございます。

「意味」を求めるのはよいのでございます。

「やる意味」がないものほど、人を損なうものはございません。

「やる意味」があるからこそ、やる気の源泉たり得るのでございます。

しかし、問題は、やる前から意味を見出そうとすることでございます。

完全にわかってから、やろうとする人が多いのでございます。

大切なのは、わかる・わからんの比率が、2:8くらいになったらやってみるということでございます。

全体の2割がわかれば、とっととやったほうが、結局は早いのでございます。

何もしないのに、8割9割の理解までいこうとするから、全く物事が先に進まないのでございます。

一番大切なのは、やっていくうちにわかりだすことなのでございます。

やっていくうちに、コレまで受けた助言やアドバイスが、鮮やかに把握できてシックリしたり、腑に落ちるものなのでございます。

やってみることで、助言やアドバイスの受け皿が生まれるのでございます。

始める前から意味を求めては、どんなにすばらしい指導者から、全ての作業の意味や連関を授けられても使い果たすことはできないでしょう。

受けるところがないからでございます。

お手持ちの国語辞典や辞書を見れば、いたるところに「意味」がおちているものでございます。

意味は腐るほど、落ちているわけでございます。

辞典を全部読み、そらんじれば、意味を見出したことになるでしょうか?

要は、自分にとって知りたいことが、一番重要な意味たり得るのです。

曖昧で意味がボンヤリしていても、やっていくうちに自分の知りたいことがわかってくるのでございます。

知りたいこともハッキリしていないのに、最初から多くの意味を求めるのは、ムダで時間と労力とかカロリーのムダでございます。

「最初から意味ばかりを求めず、やってみなさいよ」という教訓が、スペースシャトルの飛ぶ時代になっても残っているのは、それなりの合目的性があるからでございます。

経験則的に、多くの人によって淘汰され峻別された警句、それが「やってみなければ、わからない」なのでございます。

ありふれた警句も、時間に振り分け・峻別され、洗練されたコトバであると思えば、これまで意識できなかったものが見えてくるものでございます。

生き残った言葉は、ワインと同様に芳醇なのでございます。

 

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