決断のメカニズム

決断することは、「最終的に」大切になるのでございます。

決断とは、その他を断つということでございます。

決めたこと以外を放棄するからこそ、集中して取り組めるようになるのでございます。

集中して取り組むからこそ、安定した結果と実力を養うことができるのでございます。

逆にいえば、何も放棄することなく何かを決めることなど、できない相談なのでございます。

何かを捨てる思い切りが、決断の肝要でございます。

「決断」が重要でないとしましょう。

何かを決定しなくても結構です。

何もやめなくても結構です。

決断は重要ではないからです。

しかし、物事の進み具合を考えてみましょう。

決めても決めなくてもいいのですから、今日やろうが明日やろうが、どうでもいいです。

お勉強の時間を生むために、何かを短縮したり、切り詰めたり、制限することなど、しなくてもよいことになります。

今日は仕事に行くけど、明日は行かない。行かなくなるのは浴びるほど飲む深酒。稼いだお金は全て酒かお肉。調子のいいときはガンガン仕事をして稼いでくるが、そのぶんハデにバクチやオンナに突っ込んで素寒貧。

まーこういう無頼な人が、わかりやすい「決断なき」お人でございます。

程度の差こそアレ、こうなってしまうと、いきあたりばったりを地でいく生活となりましょう。

常識的に考えても、このような無頼が、生産性に富んだ生涯を送るとは考えにくいのでございます。

こう考えると、決断がないほうが、お勉強の成果が少なくなると考えられるのでございます。

指針もなく、方針もなく、方向や方角さえわからなくなるからでございます。

「お勉強」をするかもしれませんが、合格への寄与度は微小でございましょう。

「お勉強」をしてもしても、進まない、まさに孤海の無風状態でございます。

決断すると何かを犠牲にしなければいけませんが、モノゴトを進めるに当たっては犠牲を差し出した方がラクになってくるのでございます。

「決断なし」は、そのときそのときはラクチンで気楽でございますが、だんだんと「何をやっているのだろう?」という「昼間なのに五里霧中」に悩まされるのでございます。

「なにやってんだろ?」と思ったときは、決断不足かもしれません。

何を犠牲にしているのかをハッキリなさることでございます。

犠牲なくして決断はございません。

 

当サイトに掲載している情報は、当サイトがその内容を必ずしも保証するものではありません。 情報の活用は利用者各自の責任の範囲内でお願いいたします。すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。

----- Copyright (C) 独学のオキテ−くらげ (:]ミ All rights reserved -----