自己規律のコツ

自己規律とは、単純に何かを禁止したり制限するだけではございません。

禁酒といって、酒がやめられるならば、禁酒会など存在しないのでございます。

禁チョコといって、100円ショップやお菓子のまるしげの誘惑から避けられるものでもないのでございます。

ぶっちゃけ、言いましょう。

いんえ、言うというよりかは、はっきりさせておきましょう。

お勉強の自己規律ではじまる、生活の一部の制限・禁止にあげられるものは、「今に始まったことではない」ものでございます。

はるか、むかーしから続いてきた習慣なり嗜好でございましょう?というわけでございます。

そんなもの、意識的にやめれるものではないのでございます。

たいがい、大きな病気をしてからでないと、人間、染み付いた風習を断ち切ることなんてできないのでございます。

昔から、茶絶ちといって何か願い事・願掛けの際に、自分の好きなことをやめるといういじましい風習はあるものでございます。

願い事は、願うだけなので、ある意味、実際の作業量はすくなかろうと思います。

対して、資格試験のお勉強などは、願うだけではなく、実際にテキストや問題集をこなしていかないといけないわけでございます。

やっぱし、息抜きも必要になるのでございます。

長年続く、風習や習慣は、わたしにとって必要なことなのだと、はっきりさせたほうが、すんなり量や質を減少させることができるのです。


少なくとも、利益のない劣等感やヘンな自己嫌悪はなくなるものでございましょう。

存在するものは論理的、という魅力的な言葉がございます。

深夜酒・カップラーメン、深酒ポテトチップ、ビア&ビア&ヤキブタ、赤ワイン&午前様ケーキなども、極端にいえば、当人にとって、存在するに足る理由があるのでございましょう。

ですから、「あーーあ。。。」と自分でイヤンになちゃう様なことをしでかしたら、「このことは、わたくしにとって必要なことなのだ」と力強く肯定することが大切なのでございます。

わたくしにとって、夜のプリンケーキは至福の極楽タイムなのでございます。

いわば、部屋にいながらにしてタヒチクラスのリゾートの効用があるのでございます。

言い換えてみれば、多少からだには負担がございましょうが、ココロにとっては澱を洗い流す自己浄化なのでございます。神父いらずの懺悔でございましょう。

何度挑戦してもやめれないものは、やめれません。これからも。

ですから、量や質を変えていくことで、徐々に変化をつけていくことが要求されるのでございます。

変化を生み出すコツは、描写の仕方を変えることです。

「つまり」といって既存のものにまとめるのではなくて、「いわば」、「言い換えてみれば」の接続詞を使い、新規で珍奇なモノゴトと結ぶのがコツでございます。

「つまり」では、面白くございません。

夜ケーキ・深酒ラーメン、つまり、不摂生。

展開が終わってしまいます。それでは、変化は生み出せず、やめるにやめられず、葛藤を生み続けるだけでございます。

夜ケーキ・深酒ラーメン、いわば(言い換えてみれば)、極楽食。

なんか、いいですよねwww

別に食べてもいいんだな、と思えるようになるから不思議でございます。

ケーキは懺悔、ラーメンはココロの潤滑油と考えれるようになればしめたもの。いつでも食べれると、なぜか食べる回数は減少するものでございます。

自己規律の本質は、ココロに余裕を持たせることでございますね^_^

 

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